東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)5号・昭50年(行ケ)135号 判決
一 請求原因事実中、脱退原告が特許権者であつた本件特許発明について、被告らの特許無効審判の請求から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続、当事者参加人がその譲渡を受けて移転登録を経由したこと、発明の要旨及び審決理由の要点は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、当事者参加人が主張する審決の取消事由の有無について判断する。
1 第一引用例の発明(特に、その弁体位置制御方法)について
第一引用例の記載内容が、「マニホルド14の減圧の程度に応じてオリフイス28に対する弁プラグ33の位置が上下」する弁構造である点を除いて審決認定(「上部」及び「下部」の解釈も含む。)のとおりであり、本件特許発明と右引用例の発明との間に審決認定の一致点及び相違点I、Ⅱがあることは、当事者参加人の争わないところである。そして、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によると、第一引用例には、右に摘示した文言に符合する記載部分はないけれども、次の各記載が存することが認められる。すなわち、
「本発明の目的の一つは、クランクケース換気弁装置を提供することであり、この装置は……吸入吸引力の変化に応じて弁ボートあるいはオリフイスの有効面積を漸次的に変化させるように構成されている。」(第一欄五六ないし六七行)
「弁ピストン31は、その上端に軸方向に円錐状のプラグ部33を有する。この突出部は、上方、すなわち外方に向うにつれて直径が小さくなる傾きを持ち、オリフイス28に適合して入つており、リフトの変化に応じて有効開口を変化させるものである。」(第三欄六ないし九行)
「弁ピストン31は、吸入マニホルド14の負圧に応じて自由に上下運動ができる。」(同欄一六ないし一八行)
「弁21は、吸入マニホルドの吸引力に応じて吸入マニホルド14へ流れる蒸気の流量を自動的に制御する。……マニホルド内の負圧が増加するにつれて有効オリフイス開口面積を減少するよう作動する。……弁プラグ33は、円錐形になつているので、そのプラグが通つて伸びている有効オリフイス開口面積が漸次的に変化するものであつて、ある予め設定された割合で漸次変化する流量変化を可能とする。」(第四欄五三ないし七〇行)
「前記ケーシングの中に設けられ、前記導管を通るガスの圧力変化によつてのみ前記ケーシング中に浮揚するようにされた弁ピストン」(第五欄六五ないし六八行)
「前記ピストンは、その上部にテーパー部を有し、前記ケーシングの側壁と接触することなしに、前記開口を出入移動することが可能であり、前記テーパー部は、前記開口の有効径を変えるため最小開口と最大開口間で変化できるように、全長にわたつて直径が変化している。」(同欄七〇行ないし六欄四行)
「前記ピストンは、その頭部と一体の長く伸びたテーパー部分を有し、それはその全長にわたる一つのテーパーで構成され、それはオリフイスを通つて伸びており、それにより前記導管内の圧力変化につれてそのテーパー面を移動させて、そのオリフイスの開口面積を連続的に変化させ、オリフイスを通つて流れるガス流量を有効に変化させるものである。」(第六欄四〇ないし四六行)
右各記載に成立に争いのない乙第二号証を総合してみると、第一引用例の発明においては、弁ピストン31は、マニホルド14の吸入圧力(負圧)の変化により弁ケース22内を上下動し、マニホルドの負圧が大きくなればその重力に逆らつて上昇し、右負圧が小さくなればその重力によつて下降するとともに、その上限と下限間の任意の中間位置に停止するものであり、また、その頭部が先端に向つて漸次径が小さくなるテーパーを有する弁プラグ33となつているので、その結果、弁プラグの上下動によつて、オリフイス28の開口面積を連続的に変化させ、オリフイスを通過するガス流量を連続的に変化させる作用効果を収めるものであることが認められる。
したがつて、審決が第一引用例に関して、「マニホルド14の減圧の程度に応じてオリフイス28に対する弁プラグ33の位置が上下」する弁構造が記載されているとし、その作用効果として「弁プラグ33は機関運転中連続位置制御」するとしたことは正当であるというべきである。
当事者参加人は、第一引用例中にある「マニホルド14の負圧が減少すると、弁ピストン31は重力により限定された位置に到着してしまうまで落下する。」との記載(この記載のあることは被告らも争わない。)をもつて所論の根拠としているが、右記載は、単に、マニホルドの負圧が一定以上に減少すれば弁ピストンが下方の限界点まで落下することを意味するに過ぎないから、右記載があるからといつて、第一引用例の発明において弁プラグの位置決めが上限及び下限の二点に限られると解することはできないし、他に、上記判断を覆すべき資料は存しない。
2 相違点Ⅱについて
当事者参加人は、本件特許発明の要旨中の「スプリングが自由にゆるんだ時の」とは、ピンの静止位置に関する限定に止まらず、スプリングのハウジング内での自由な配置をも併せ示すものである旨主張する。しかし、本件特許発明の要旨中にある「スプリングが自由にゆるんだ時の」との文言は、その前後関係から、これに引続く「前記ピンの静止位置は、前記小径下部が一般に前記オリフイス内にあり、かつ、そのオリフイスと側方に並ぶようになつていて」の文言と一連の関係にあることが明らかであり、他方、スプリングに関しては、単に「絶えずそのピンを前記オリフイスから出るように押圧し」とあるのみであるから、これらから考えると、「スプリングが自由にゆるんだ時の」という限定は、スプリングが自由にゆるんだときであつても、ピンはオリフイスから抜け出ることなくその中にあることを説明するための修飾であつて、進んで、スプリング自体がハウジング内に取り付けられている状態を限定しているものとは解することができない。したがつて、スプリングがハウジング内に自由に配置されることを本件特許発明の構成要件であるとする当事者参加人の主張は、採用することができない。
そして、前記甲第四号証によれば、第一引用例の発明においても、マニホルド14の負圧が最小となり、弁ピストン31がその重力により弁ケース22内の最下限位置に到達しても、その先端の弁プラグ33がオリフイス28より抜け出すことなく、それと側方に並ぶようになつていることが認められるから、審決が、これと本件特許発明とを対比して、後者において「スプリングが自由にゆるんだ時の」との限定があることによる作用効果上格別の差異がないと判断したことに誤りはない。
3 相違点Iについて
第二引用例の記載内容が審決認定のとおりであること及びスプリングを力附与手段として重力に対抗し、あるいはこれと併せて用いることが普通の技術手段であつたことは、当事者参加人の争わないところである。
ところで、当事者参加人は、本件特許発明の要旨において「一本のスプリングが絶えずそのピンを前記オリフイスから出るように押圧し」と「スプリングが自由にゆるんだ時の」とは不可分の要件であるとし、したがつて、そのスプリングの用法が第二引用例のそれや一般的用法と異なる旨主張する。しかし、本件特許発明において「スプリングが自由にゆるんだ時の」との限定が単なるピンの位置に関する修飾に過ぎず、スプリングがハウジング内に自由に配置されることを構成要件とするものでないことは、前段において判示したとおりであるから、要旨中の「一本のスプリングが絶えずそのピンを前記オリフイスから出るように押圧し」とこれに引続く「スプリングが自由にゆるんだ時の」とをピンの位置に関する事項として判断することが誤りであるとはしえない。したがつて、本件特許発明におけるスプリングの構成は、単に、絶えずピンをオリフイスから出るように押圧しているものに過ぎない。
次に、成立に争いのない甲第三号証(第二引用例)によれば、第二引用例の発明においては、スプリング49は弁素子43を弁座42に押圧するように作用し、その押圧力の大きさはエンジンの始動時においては弁の開くのを防止する程度に過ぎないが、なおこのスプリングの作用によつて、弁素子は常に弁座41から離れる方向、すなわちクランクケース側に向つて押圧されていることが認められるから、本件特許発明のスプリングと同様に、弁素子をオリフイスから出るような方向に押圧しているものであつて、両者の用法において異なるところはないし、また、スプリングの押圧力をどの程度にすべきかは、使用に際し当業者が適宜選択すれば足りる設計的事項といわねばならない。
そして、前記のように、スプリングによる力附与手段が普通の技術手段であることを考えあわせると、審決が、本件特許発明のスプリングと第一引用例の発明の弁ピストンとによる押圧方法の差異をもつて、第二引用例ないし周知技術から容易に想到しうるものと判断したことに誤りはない。
4 自己清浄作用について
当事者参加人は、種々の点を挙げて本件特許発明における自己清浄作用が第一引用例の発明のそれより優れている旨を主張する。
しかし、まず、本件特許発明においては、スプリングがハウジング内で自由に配置されることを構成要件としていないことはすでに判示したとおりであるから、当事者参加人主張のような、スプリングがハウジング内で自由に縦横に振れながら動くという前提自体失当であり、また、ピンが横振れしながら上下動するためには、ピンとスプリングあるいはハウジングとの間隔、さらにピンとスプリングとの係合状態が特定されなければならないが、本件特許発明の要旨においてこれらの具体的要件は何ら規定されていない以上、本件特許発明が当事者参加人の主張するとおりの自己清浄作用を有するものとは到底認めることができない。
また仮に、本件特許発明においてピンの横振れによる自己清浄作用が行われるとするならば、この横振れ作用は、次のような明細書の各記載と矛盾することになる。すなわち、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の公報)によれば、その明細書には「前記ピンの側部はたとえ隙間が最小になつても、前記オリフイスとまだ接触しない」(第二頁左欄末行ないし右欄二行)、「前記ピンが自由に前記室中で自由に浮動し、かつ、必然的にどんな位置においても金属対金属接触しない」(第三頁左欄二九ないし三一行)、「普通の作動において前記ピンは、前記スプリングに吊され、あるいは浮動し、前記オリフイスあるいはスリーブと着座しないが、あるいは金属閉止接触しない」(第四頁右欄三一ないし三四行)、「前記ピンは、浮動し、かつ、前記弁面と前記オリフイス面との間に金属着座接触がないので、前記ピンそのものは低廉な金属で作られ、かつ、摩耗や腐蝕を防ぐように表面硬化の必要がない。同じことが前記オリフイスにもいえる。」(第五頁右欄四ないし八行)の各記載があることが認められ、これらは、ピンがオリフイス内壁に接触しないことによつてピン及びオリフイスの損傷を防ぐことができる趣旨を強調するものであることが明らかであるからである。
もつとも、右甲号証によれば、「前記スプリングは、通常はそのピンを通路の中央にもたらし、しかしながら、同時にそれを側部から側部へ動揺させる浮動作用を提供する」(第五頁左欄四二ないし四五行)、「しかし、同時にそのピンは、一端にてゆつくりと支持されているのみであるから、自由に横方向に振動する。」(同頁右欄三〇ないし三二行)との記載もあつて、スプリング及びピンが横方向に振動する旨を開示しているようにも窺えるけれども、右振動作用に必要な構成が発明の要旨中に示されていないことは前示のとおりであるから、右記載は、特定の実施例における構成及び作用を説明しているに過ぎないものと解せざるをえないし、これを根拠として本件特許発明のスプリング及びピンが横方向に振動する構成であるということはできない。
したがつて、本件特許発明については、少くとも、当事者参加人の主張する自己清浄作用は認めることができないから、審決がこれを看過したとする当事者参加人の主張はもはや理由がない。
5 流量特性の設定について
前記甲第二号証によれば、本件特許発明においては、オリフイスを通過するガス流量を吸入管の負圧の程度に応じて自動的に変化させることができる作用効果があることが認められる。
ところで、第一引用例の発明において、弁ピストンがマニホルドの負圧の変化に応じて弁ケース22内を上下動し、その上限と下限内の任意の中間位置に停止しうることは、1において判示したとおりであるから、これによれば、弁プラグとオリフイス間の有効開口面積は連続的に増減するように動作するものであり、また、弁ピストンの重量、弁プラグの傾斜度、オリフイスの断面積等を適宜選択することによつて、所望の空気流量特性を設定することができるものと認めるのが相当である。そうだとすると、マニホルドへ送られる気体の予定量をマニホルドの負圧に対応して得られる点において、本件特許発明と第一引用例の発明との間に格別の差異があるということができない。
また、前記第三号証によれば、第二引用例の発明においては、スプリング49の力が吸入マニホルドの負圧より大きいときは、弁素子43が弁座42に接して通路を閉じているが、負圧が大きくなると、弁素子はスプリングの力に抗して弁座42から離れ、気体は弁座42と弁素子43との間隙を通つて吸入マニホルドに流れ、さらに負圧が増大すると、弁素子の肩部46と弁座41が接して両者の間隙が閉じられ、通路48によつて気体が通過するようになるものであつて、そのため、スプリング49の強度、弁素子43の肩部46の形状等を適宜選択することによつて、所望の流量特性を設定することができるものと認められる。そうだとすれば、審決の説示するように、第二引用例にはスプリングによつて流量特性を適宜設定することが示されているものであり、その点において、本件特許発明と右引用例の発明との間にも格別の差異があるということはできない。
6 以上のとおりであつて、当事者参加人主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決が、本件特許発明について、各引用例との対比上その進歩性を否定して特許を無効としたことは違法であるとはいえない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める当事者参加人の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
機関のクランクケースとシリンダーの空気入口との間を導管が連通する機関クランクケース通風装置に使用する弁構造にして、弁素子と内部にオリフイスを有するハウジングとを包含して前記導管中に配置されるようになつていて、前記弁素子は前記ハウジング中に配置され、かつ、一般に大体直立位置に配置されるようになつた細長い中実ピンの形状をなし、前記ピンは上部よりも小さな外径を有する下部を有し、この二部分の間にある前記ピンの体部は一般に傾斜しており、一本のスプリングが絶えずそのピンを前記オリフイスから出るように押圧し、前記スプリングが自由にゆるんだ時の前記ピンの静止位置は、前記小径下部が一般に前記オリフイス内にあり、かつ、そのオリフイスと側方に並ぶようになつていて前記上部と下部の両方の外側寸法は前記オリフイスの内径より小であり、前記ピンの下部と前記オリフイスの間に郭成される流動面積は実質的に前記ピンの上部とオリフイスとの間に郭成される流動面より大である、ことを特徴とする弁構造。